レマン湖畔より

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zoom RSS 形見分けをいただきました・・お便りと思い出96

<<   作成日時 : 2017/03/23 22:19   >>

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昨年の10月、12月、今年の2月、と立て続けにおば達が亡くなりました。「お花を捧げてください」と、少しお金を送りました。10月に亡くなった静江叔母の娘、征子ちゃんからのお手紙は、ブログに載せてあります。

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*大晦日に亡くなったハツヨ伯母の長男、功さんからのお便りです。

「古川の征子ちゃんお葬儀と我が家の葬儀の時までは、雪もなく、交通機関の障害もなかったのですが、群馬の茂夫君宅での葬儀では、生憎の大雪で、交通が頓挫してしまい、礼を失してしまいました。

さて、同封の品、母の愛用というより、一番多く着用して居りました帯を、母の生前、懇意にして頂いた方から加工してもらったものです。市販品とは違って、素人っぽい物ではありますが、形見分けのつもりで、送らせていただきます。

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何かの折に、母を想い出して頂ければ、幸甚の至りです。また、細々としたものを整理しておりましたら、古い写真が出て参りましたので、併せてお送りします。多分、父がしまいこんでいたものを、母がそのまま持っていたものと思われます。

小林家の叔父叔母も、とうとう土田の叔父だけになってしまいました。世代交代は世の習いとは言え、久しぶりにいとこと会い、自分の年齢を感じてしまいました。常日頃は、あまり気にかけないのですが、いとこを見て、自分もこういう風に年をとしをとったんだなあと感じることがありました。

父の時にも、本山・福井の永平寺に分骨しましたので、今回も季節をみて、家内と納骨がてらに、小旅行をしようか、と考えております。母を施設に預けている間は、何かと、緊急連絡を気にして留守はできませんでしたが、今年は、春に、方々の桜見物にでかけようかとも、考えております。

母も、ハンスさんが気に入っていたようで、『スイスのハンス』と常に話していました。」

・ハツヨ伯母さんの帯から出来たバッグ、胸がキューンとします。ホテルに泊まる時、レストランへ行く時に使わせていただきます。ありがとうございます。それから、写真ですが、憶えていたのもありますが、記憶にないのは、夫に「これ、本当に私?」と聞くほどでした。

母が亡くなった後、妹は関東で、私はニューヨークにいたので、伯父が全部、後片付けをしてくれました。私達は、甘え放なしで、申し訳なく、ありがたいです。

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*二月に亡くなった富江叔母の長男、茂夫さんからは、2月12日付で

「自宅で転倒し、骨折したのが、きっかけで、入院していた病室のベッドで、母が突然、歌をうたいだしました。私は聴いたことがなかった曲なので、それが、何の歌か、わからなかったのです。

調べてみると、それが、戦前の『母子舟船頭』という歌であることが、わかりました。歌は、利根川の川渡しをしているお母さんと、男の子が、遠くの大陸に出征しているお父さんに想いをはせるというものでした。

父が十年ほど前に他界して以来、私は、なんとなく、『シニア母子家族』という気分で生活しておりました。姉が時々、おかずを持って来ることがあったので、「母子舟船頭」よりは、アニメの『銀河鉄道の夜』に近いのかもしれません。

母は一人で、銀行、市役所に行けず、くわえて一人では電車にも乗車できないひとでした。それだけ、父を頼りにしていたのだと思います。そんな専業主婦の母に、姉と私は育てられました。母に感謝しています。お母さん、ありがとう。

そして、皆さま、ありがとうございます。」

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*そして、長女の美代さんから、3月8日付で、

「早いもので、母が旅立ってから、もう一カ月になろうとしています。ようやく、こちらでも、梅の花が咲き、菜の花も広がり、レンギョウや沈丁花、サンシュユが目をたのしませてくれています。

生前、ドライブや、花々が好きだった母と一緒に、短い間でしたが、近場や、赤城山など、あちらこちらと周り歩いたことが思い出されます。私が仕事を辞めて出来たせめてもの親孝行だったのかな、と自分を納得させています。

花の葬儀は、家族、親族だけのこじんまりとしたものでしたが、私たちの精一杯の思いを込めて、見送ってやることができて、良かったと思っています。

母は、遠い地にいる雪子姉ちゃんのことをよく気に掛けていました。雪子姉ちゃんからのお便りや、写真を手にしては、雪子姉ちゃんのことを思い出していました。

今日まで、母へのご愛念をいろいろと、ありがとうございました。」

・いとこたちと撮った写真が入っていて、妹が変わってしまい、誰だか、わからない位でした。脳梗塞の後遺症で、辛い時をすごしていたのがわかります。胸が痛みます。

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*再び、従弟の茂夫さんから、3月・・・

「母の葬儀から二十日近く、式場から持ち帰り、母の遺影、遺骨と共に、我が家の仏壇に供えた花々は、百合の花こそ、枯れてしまいましたが、ほかの花はまだ咲き続けています。

母の葬儀は、いわゆる坊さんが読経する、という仏式では行わなかったのですが、今月のお彼岸頃には、納骨しようと、思っています。母の遺品をすこしずつ整理しています。

写真を何枚か同封します。

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母が抱いている赤ちゃんは雪子姉ちゃんです。房江伯母ちゃんと一緒のハイキングは、上山の近郊、二枚とも、三郎伯父様がカメラで撮られたものでしょう。こんな写真をみていると、時間とは何なんだろう、と奇妙な想いがいたします。

北関東では、梅や、菜の花が咲いています。この季節、亡き母は、さまざまの花が咲き出すのを楽しみにしていました。

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人形を送ります。これは、何年か前に、母が手作りしたのものです。」

・私が小さかった頃、富江叔母は結婚前でしたから、「富子ねえちゃん」と呼んで、お針をしている側にくっついて、童謡を教えてもらっていました。結婚後、近くに住んでいたので、美代ちゃんは、私がおんぶして、子守をしました。

沢山の思い出が湧いてきました。おばたちが亡くなったの機会に、文通もあまりなかったいとこ達からの暖かい思いをいただきました。血のつながりは、ありがたいです。

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・我が家のバルコニーに、早咲きのチューリップが咲きました。嬉しくて、夫と覗いています。


雪子


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