アルプスの羊飼いと羊、そして羊を襲う狼
私がスイスに来てから、あまり時間が経っていなかった夏のことだったと思いますが、ロッチェンタール(ロッチェン谷)に行きました。ここは、奥深い谷で、角の長い岩山羊に道であい、見つめられたら、魔法にかけられてしまいそうなところです。
夕食を終え、ホテルのバーに行き、そこで、羊飼いと話をする機会がありました。その羊飼いが言うには、「アルプスに羊を放ったらかしにして、時々見に行く。夕立の雷で、羊が崖から落ちなければいいのだが・・・。」
羊飼いに会ったのは、生まれて初めてで、高山で羊を飼って、そして、羊の群れを放っておく、と聞いたのも初めてでした。
今は、そういう訳にはいかなくなってしまいました。1995年に、狼がイタリアから入ってきたからです。
驚きますよね。ある日、自分の大事にしていた羊が無残にも殺されているのですから・・・。狼は、お腹がすいて食べるのではないそうです。ただ、むやみに殺すのだそうです。15年間で、スイスで、1000匹以上が殺されました。そして、2008年には、最高の161匹でした。10,500人の飼育業者は、羊を何のために飼っているかですが・・・。
毛糸を使う人、そして毛織物業者が少なくなり、羊の毛は、ほとんど引き手がなく、年に250トン、10年前に比べて、半分です。業者の手に入るのは、1キロにつき60セントだそうで、これでは、運賃にもならない、とこぼしています。
スイス人が食べている羊の肉は、ニュージーランドとオーストラリア産と思われていますが、スイス産は全体の40%、年に一人当たり1.26キロ食べています。ちなみに豚肉は一人当たり25キロです。ヒレや、ロースは、特に、夏場は、バーベキュー肉として人気があり、飼育業者には、一キロにつき10.50フラン(有機飼育では13.50フラン)が払われます(100円=1.17フラン)。
スイスには、現在、住民15人に一匹の割合の45万匹の羊がいます。そして、約その半数が、夏に、高山の草を食む為にアルプスに登って行きます。
狼は、国際協定で、そして、スイスでは1982年から保護されていますので、いくら、害を与えても、羊飼いの判断だけでは、殺すことは出来ません。
羊飼いを助ける為に、そして、国際協定で保護されている狼を守る為に、国は、五年前、「狼計画」を立ち上げました。そして、アグリデアという組織を通して、防止対策にあたっています。
30日以内に15頭の羊が殺されたら、狼を射殺できます。それには、条件があります。
・電気が通っている鉄線で囲いを作ること。これは、国が費用を負担。
・番犬を配置すること。買う時には、国が一部負担、そして維持は全額負担。
上記の条件を満たしていて、羊が殺されたら、一頭につき、重さによりますが、400フランから1200フランの賠償金が払われます。
電気が通っている囲いですが、あんな高い所で・・・と私など思ってしまいます。<写真は、羊飼いが、高所で草を食んでいる群れを双眼鏡で見ています。>
番犬に関しては、こちらではパトゥ(patou)と呼んでいる犬が一番だそうで、ピレネー牧羊犬と、同じ仲間でイタリアのアブルッツォ・マレンマ犬です。羊を守る為に、攻撃的なので、夏になって、急に犬を羊の群れに入れると、羊がストレスでパニック状態になり、かえって崖から落ちてしまうこともあるそうです。冬の間から、お互いに慣れさせないといけません。<写真は、アグリデアの相談員リカルダ・リュッティさんとパトゥ>
シャブレは、ローヌ河がレマン湖に入る地域で、ヴォー州とバレー州に跨っています。バレー州側には、羊が約13,000匹いるのですが、パトゥ一頭で、100匹の羊を守れます。そうしますと、この地域に130頭の犬が必要です。130頭って、莫大な数で、それによる羊飼いの負担も大幅に増えるでしょうね。
もう一つのパトゥの問題は、ハイカーとの接触です。羊の群れに出会ったら、犬とどう接したらよいか、と大きなパネルに、説明が出ています。「羊の群れを避けること。犬に吠えられても、落ち着いて行動すること。群れの側を通らなければいけない時は、ゆっくりと。棒で犬を脅してはいけない。犬がついてきても、無視すること。餌をやったり、遊んだりしてはいけない。」
それでも、先日、ヴォー州側のシャブレで、ハイカーが噛まれました。香港に住むイギリス人という事で、ふくらはぎを医者に手当てしてもらい、その後、警察に届けでました。羊の群れの持ち主が医者代を払って、この登山者は、訴え出ませんでしたので、友好的に終わりましたが、今後、賠償責任の問題が出てきますね。
スイス全体で、パトゥは160頭、年に問題を起こすのは、5頭位ということで、先ほどのイギリス人を咬んだ犬は、羊の群れから外されました。
アグリデアですが・・・。
犬を、アグリデア認定の飼育業者から借りることが出来ます。
アグリデアから、羊飼いの手伝い人を国の費用で派遣してもらうことができ、そして、初めて、狼に襲われたときには、羊飼の緊急派遣をお願いできます。アグリデアでは、その他、羊飼い向けに講習会を開いています。
アグリデアの相談員と州の野生動物監視員が、羊飼いに助言しています。狼に襲われると、まず、この二人が現場に到着、その事情を確かめます。
イリエ谷では、5月半ば以来、34匹の羊が殺されました。大半は狼計画の条件を満たしてはいなかったので、その中9匹だけが認められました。皮肉なことに、「もう6匹殺されると、狼をやっつけられるのだけれど・・・」と言う状態です。あるところでは、電気囲いも、犬も置いていなかったので、全部、業者の負担になりました。
大抵の羊飼いは、「狼と見れば、全部殺してしまえ」というのでも、エコロジストのように「狼が戻ってきたのは、最高!」というのでもありませんが、いざ、自分の羊が殺されると、自分の無力さに呆然としてしまうそうです。
WWF(世界自然保護基金)から、ボランティアとして、講習を前もって受けた人が、二週間の予定で羊飼いの手伝いにくるプログラムが発足しました。町に住んでいれば、「狼がいるのが、自然で当然」と思い勝ちですが、実際に高山の羊飼いの実態を見て、体験する為です。
「どうせ、賠償金が出るのだから、狼に羊が殺されたって、何という事はないのではないか」という人もいます。でも、羊飼いにとって、自分の羊は、名も無い羊ではなく、一匹、一匹、名前をつけ、大事に育てた羊ですね。聖書の詩篇23「良き牧者」を思い浮かべます。
バレー州では、やっと、狼を射殺する許可が出ました。60日の期間内です。そして、8月20日、殺されました。
友人の庭には、花の風車や、羽をぐるぐる回しているかもめの風車などが風情を添えています。この風車はその方からのプレゼントです。こう暑いと、風が嬉しいですね。バルコンの風車は、少しの風にでも、一所懸命に回っています。
次回は、カナダのプリンス・エドワード島の赤毛のアンです。
雪子
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