プリンス・エドワード島の赤毛のアン

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友人からの手紙に、ドライフラワーが貼り付けてありました。色が透き通って、美しく、以前、お土産に買ったしおりを思いだしました。

「何でも、いいよ」と夫は私の50歳の誕生日に、プレゼントをしてくれる、というのでした。本当にいいのかなあ・・・と思いながらも、「カナダのプリンス・エドワード島」と返事をしたら、「いいよ」との返事で、信じられない思いでした。

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夫が、ドイツ語の旅行案内書を買ってきました。読むと、まあ、一口にですが、「プリンス・エドワード島は、カナダ建国の地、赤土で、ジャガイモの産地。ゴルフ場が11ヶ所」とあり、「ジャガイモしかない所に行くの?」と夫。夫はゴルフをしません。

画像私は、「赤毛のアン」一緒に育ったようなものです。小学校の五、六年だったでしょうか、友人に借りて読んだのが最初でした。それから、何度読んだことか・・・。アンと一緒に夢を見ていました。「恋人たちの小道」とか、「輝く湖水」とか・・・。

さて、その夏、私たちは、モントリオールから、ノバスコシアのハリファックスへ、そこで、小型プロペラ機に乗り換えて、シャーロットタウンに降り立ちました。豪雨のなか、スーツケースの中まで、雨が浸透していました。嬉しいことに、その後は良いお天気になりました。

画像ホテルは、港に面していて、お部屋は大きく、清潔で、安かったと覚えています。




画像シャーロットタウンは、アンが、クイーンズ・カレッジで教師の免状をもらった町ですが、静かで、こぢんまりとしていました。カナダ建国の地ということで、夏の間は、その当時の服装をした俳優さんたちが、建国の様子を再現していました。

毎晩、「赤毛のアン」のミュージカルが町のホールであり、勿論、私たちも出かけました。スイスの人は、「赤毛のアン」など聞いたこともないのです。夫はこのミュージカルで、あらすじがわかり、それからは、「アカゲノアン、アカゲノアン」と人にも話すようになりました。

翌日は、観光バスで、「赤毛のアン」の名所見学でした。バスは、古臭くて、現在の観光バスとは比べ物にもなりません。客の大半は日本人で、若い男性もいて、驚きました。それまで、女性しか「赤毛のアン」に興味がないと思っていたのでした。

画像<赤い土のプリンス・エドワード島>




画像<田舎はこんな感じで、スイスでもジュラ地方のラブレビーヌ谷がここにそっくりです>





アンが孤児院から到着した駅、アンの通ったような当時の学校、作者、ルーシー・モンゴメリーのいた郵便局、そしていよいよ「アンの家」でした。

画像<緑の屋根のアンの家>


 

画像<家の中。料理用ストーブがあります。>



 

画像<アンの部屋>








アンの家は、大きくて、明るくて、少し、がっかりしました。もっと小さいと思っていたのでした。中にも入れて、台所は思ったとおり、狭い階段を上るとアンの部屋がありました。古い、小さな部屋でした。

「恋人の小道」も散歩しましたが、少女の頃、想像していたより、ロマンチックではなく、当たり前の道でしたね。「輝く湖水」も普通の沼で、七色に輝く湖ではありませんでした。

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シャーロットタウンのお土産屋さんには、可愛いものが沢山売っていました。私達は、この後、オタワ、トロント、ナイアガラフォールズと回るので、そこでも買えるかな・・・、と思ったのが間違いで、他所では見つかりませんでした。それでも、買った物は、覚えているだけで、「赤毛のアン」の家のペーパーナプキン(これは、長い間、少しずつ使って楽しみました)、ドライフラワーのしおりと、野鴨のクッションセット(帰って来てから、キルティングをして、クッションに仕立て上げました。今、夫の部屋のベッドに置いてあります)、もっと、他にも買ったかもしれませんね。

画像1997年、島まで橋がかかりました。コンフェデレーション・ブリッジです。


帰ってきてから、テレビで「赤毛のアン」の連続ドラマが見られるようになり、フランス語版の本を見つけたのは、この頃でした。

今でも、私には、「赤毛のアン」を初めて読んだ頃の心が残っているようです。そして、アンに教えてもらったことですが・・・。出来るだけプラスに取ること、自分の周りに美を見つけることなどでしょうか。

今年の夏は、ごろごろしていまして、アンシリーズを読み直しました。書かれた順序は年代順ではないそうです。私は、年代順で読みました。

アンの子供の頃は、回りの人々と美しい自然の描写で、夢のようですが、アンが先生になると、「もうこの国には、戦争は起こらない」と安心します。そして、アンは結婚、そして6人の子供の母親になります。そして、子供たちが大人になると、第一次戦争のために、いやおうなく、視野が広がって世界にまで及びます。3人の息子を戦場に送り出し、次男はフランスで戦死、娘たちも恋人と兄弟がヨーロッパで戦っている間、赤十字で資金集め、包帯やシーツの用意、靴下編みなどをします。息子、恋人、兄弟を思い、心を痛める描写で、私も一緒に泣いてしまいました。これは、アンシリーズの最後の「アンの娘リラ」からです。

カナダは40万の男性を戦争に出し、5万人が亡くなりました。それまでは、志願制度でしたが、1917年12月、徴兵制に賛成か、否かの投票があり、女性も、21歳以上、そして、家族の誰かが戦争に行っていれば、投票が出来ました。戦争に行ったのは、恋人だったので、投票できなくて嘆く女性も描かれています。

私たちの世代は、父、両親の兄弟を戦争で失いました。でも、夫、恋人、兄弟は戦争には行かずに済みました。世界各地での戦いはまだ続いています。何と祈ればよいのでしょうか。

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この写真は、ピュイのプリウレ教会の展望広場から撮ったものですが、手前のブドウ畑に網がかかっています。ブドウが実り、収穫の時期に入りましたので、鳥よけです。そして、8月24日からは、このブドウ畑を通る小道が通行止めになっています。

暖かい時期には、屋外での食事はたのしいですよね。でも困ったこともあるのです。次回は、その困ったことについてです。

雪子

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