Les gros mots汚い言葉・・・「書く工房」5月
今回の出席者は9人。テーマは「汚い言葉」。いろいろな話題に、活発に意見がでました。ガビさんは書いてこなかったので、戦時下の病院での体験談です。
汚い言葉
皆さん、ご自分、または、家庭内では使ったことが無いそうです。面白いのですが、
「若い子が、シエなどと言っていると、イヤですね。」
ところが、私は、知っていても、実感が無いので、何も感じません。
*私の作文だけ載せます。「汚い言葉」。フランス語で、こちらの人に聞いてもらう為なので、チンドン屋とか、でべその説明は、日本語でいらないと思いますが・・・。
「汚い言葉」の語彙はあまりありません。私の年代では、皆そうだと思いますが、知ってはいても、口からでてきません。例外が『馬鹿』。
小学校で、『馬鹿』を憶えました。相手をからかうのに、グループで歌いました。
「バーカ、カーバ、ちんどんや。
お前のかあさん、でーべーそ、
お前も一緒に大でべそ。」
チンドン屋は、うるさい音楽で、派手な衣装で練り歩く宣伝屋です。
相手を冷かします。「お前の母さんはでべそ。おまえのは大でべそ!」密かに、自分の臍を見て、普通か、でべそか、調べました。
夫に怒ると、「バカ!」と怒鳴ります。夫は、「お前はバカの妻だ!」と返事をします。
優しい気持ちの時は、「おバカさん!」。
近頃、何でも忘れるようになりました。そうすると、夫は、愛おしそうに
「Löli!ローリ」と言います。
目の前にある物を、探したりしていると、
「Lappi tue d’Augen uf !」(スイスドイツ語で、発音不可能!ラッピ トゥエ アウゲヌフ)
この俗諺は、シャッフハウゼンのシュワベン塔に刻まれています。意味は
「愚か者よ、目を開け!」
ガビさんの体験談
ガビさん出席の時は、いつも、興味深い話が聞けます。今回は、ガビさんと私が早めに着いたので、少しお聞きしました。
ガビさんは、今は、定年退職していますが、看護士で、国際赤十字から派遣されて、戦時下の病院で働いていました。
① リビア(L)とチャド(T)の国境地帯の病院だったそうです。リビアから、国境を越えて、チャドの子供たちを助けに行くのですが、両国の銃戦の間を縫って走りました。初めて、平和なスイスから、戦時中の国に行ったので、信じられない位怖かったそうです。
② これは、アフガニスタンに接するパキスタンでの事です。アフガニスタンから、人々が逃げてきます。その中にタリバンの兵隊もいました。若い兵隊で、傷を受け、おしっこが出なくなっていました。そこで、ガビさんが大事な所にチューブを入れようとしたら、その兵隊、パニックにおちいりました。当たり前ですね。相手は、女性、その人に、自分の大事な所を触られて、チューブまで入れられようと、しているのですから。
ガビさんは、仕事が出来ないからと、イスラム教徒の女性が着る体全体を覆う服は拒否、それに、長袖ではなく、半袖で押し通したそうです。
前の話に戻ります。ある老人が、
「あの人は、イスラム教徒ではなくて、そして、もうすぐ帰ってしまうのだから・・・」
と、その兵隊を説得したのだそうです。
いよいよ、ガビさんが帰国する時、タリバンの大の男たちが涙を流して、惜しんでくれたそうです。
後で、ガビさんに
「特別な体験をなさいましたね」
と言ったところ、
「誰でも、特別な体験をしていますよ」
との返事。でも、戦時下の病院とか、アフリカの砂漠でとか、確かに、私達、普通に平和な所で生活している人との体験とは違いますね。ありがとうございました。
・日曜日、クレマンちゃんが初聖体を受けました。私は、クレマンちゃんが可愛くて仕方がないのです。プレゼントに、小さな、これを・・・。何と言うのでしょうか。その他、チョコレートだの、スナックだの、おこしだのを紙袋に入れました。
教会は400人収容という事ですが、もう、超満員で、ホールにも椅子を出し、私は2階に行きましたが、そこも満員で、立っている人もいました。
ミサの後、庭でアペロがありました。人が多くて、クレマンちゃんが見つからず、何度も、行ったり来たり・・・。やっと、クレマンちゃんに会えて、プレゼントが渡せました。
・今年初めてのメロン。メロンはスペイン産で、干し肉はスイスのグラウビュンデン州産です。メロン、甘かったですよ。
雪子
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