レマン湖畔より

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zoom RSS ナジアさん、聖歌隊の隊員になって50年

<<   作成日時 : 2017/02/16 23:06   >>

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毎年、冬に聖歌隊の食事会があります。ナディアさんは、聖歌隊に入ってから50年、「今回は、私に食事の用意をさせてください。」

歌の練習では、ミサ曲と食事会で歌う懐かしのメロディーの数々、数が多く、「大丈夫かしら・・・。」

食事会の前、隊長さんから、「おつまみとデザートを用意してください。誰が、何をもってきますか?それから、土曜日に会場の準備をします。誰が、来てくれますか?」

土曜日に会場の準備に行きました。空色と白を基調に、桜草を置きました。

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食事会で歌う懐かしのメロディーの楽譜をマドレーヌさんが用意しています。

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風船を膨らますのは、難しいですね。

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懐かしい写真が一杯入ったアルバムも・・・。

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当日、私は早起きして、バナナとチョコレートのケーキと、アペロ用にハムの渦巻きを焼きました。10時半に練習が始まります。今回は、子供聖歌隊と一緒ですが、子供たちはもう、練習していました。私の席からは写真が撮れないので、ドナさんに信者席からの撮影をお願いしました。11時にミサ開始。

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神父様は、お説教で、ナディアさんの名前は出さず、50年間の奉仕を話されました。

ミサの後、階下の信者ホールで、アペロ。

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お食事ですが、ナディアのお嬢さんの住むレマン湖畔のPerroyペロワ村の方々が用意して下さいました。サラダ、ハム、ソーセージなどと、マラコフ。材料は、全部、村のお肉屋さん、パン屋さん、ワインセラーからです。

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興味深かったのは、マラコフです。インターネットで調べましたが、1854年―55年のクリミア戦争で、その当時、禁止されていたスイス傭兵がマラコフ要塞を落とすのに成功。その時の兵を指揮したのが、後のマラコフ公爵。傭兵がスイスに帰り、チーズ入り揚げ物をマラコフと命名。現在でも、レマン湖畔の名物になっているそうです。アツアツをいただきます。私は2個いただきましたが、お隣さんは6個も、そして、お土産に又6個買っていました。

ワインですが、Le Consul執政官と言う名前で、不思議に思い、聞きました。「これは、ワインセラーの名前で、何世紀も前、この家に執政官が住んでいたからです。」一本10フランで分けてくれましたが、夫は「大したことはないよ」と買いませんでした。

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この後、コーヒーとデザート。

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合間に、懐かしのメロディーを皆で歌いました。お聖堂で写真を撮って下さったドナさん、楽しくて、「これから、私も練習に参加させていただきます。」嬉しいですね。

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ナディアさんにプレゼント進呈。どうしても、名前が覚えられないのですが、ラヴィンさんのお嬢ちゃんが、係りに選ばれました。

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楽しく過ごし、皆さん、帰られました。

残った何人かで、後片付け。私は台所で、皿洗いとお掃除。皆で一緒に働くのって、気持ちが良いですね。

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・テオさんの新兵学校見学でいただいてきた軍隊のクッキーを、毎朝、大事に一枚ずつ食べています。お砂糖とお塩と両方入っているようで、急に、叔母が従妹を連れて満州から引き揚げて来た時に、持って来た乾パンを思い出しました。あの頃、食べるものが無かったので、あの乾パンを「こんなにおいしいものがあるのか!」と思いました。

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・2月14日はバレンタイン・デーでした。夫にもらった見事な蘭の花と、私からのカードです。「一生、お側にいたいです」と書いてあります。

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・野生の桜草が咲きだしました。春です。ワクワクしますね。

・我が家のメールは、まだ、故障中です。早く、元に戻りますように。


雪子


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